つじのポンコツ日記

majissukaa.exblog.jp
ブログトップ
2015年 01月 01日

年賀状マラソン2015

元旦


今日は、このブログの本来のテーマからは外れた内容となってしまいます、どうかお許し下さい。


わたしが、このブログをはじめるキッカケとなった出来事の話です。


私はもう何年も、毎年一枚だけ年賀状を書いています。


1998年から始まったそれは、あっという間に今年で18枚目。

f0308281_12444481.jpg



16歳の頃からの欠かさない習慣として、たった一枚の年賀状を書き続けています。


教育熱心な両親の元、私は私立中学にお受験で入学した。
持ち上がりのまま付属の高校に進学したものの、ある時から急にクラスメイトに馴染めず孤立し、 実にあっさりと(ほぼ半年で)高校を辞めてしまった。
※ご存知の通りグレることなく、根暗で割と行儀のいい人間に育ちました


そんな短い高校生活のなか、授業と言えば、英語と数学だけはクラス関係無い学力別という残酷なシステムを採用していました。


数学の授業に関して見事に最低レベルクラス所属の私は
授業中に500ml紙パックの苺ミルクオーレを飲みながらうたた寝をして教師に呼び出しを喰らう有様。
プールの授業後でひどく疲れていたと云う言い訳は一切聞いてもらえずよく怒られていた。


そんな数学の授業で、
うちの高校には珍しく、中学からの持ち上がりではなくて
通常の受験で入学してきた変わり者の男子生徒が居た。


仮の名を「ナタリー」とする。


当時彼は、映画の「レオン」が大好きで、 ナタリーポートマンを崇拝していた。
授業中は主にナタリーの写真の切り抜きをノートに貼る作業。
もしくは、自作の漫画やイラスト等を描いていた様に記憶している。


たまに彼と席が隣になると、馬鹿なことを話しては笑い教師に睨まれ、
しかし次の週にはまたイラストを見せ合い笑い、怒られるという阿呆な日々。

f0308281_12444138.jpg



ナタリーとはクラスが違ったので、数学の授業でのみ交流があった。
風の噂でナタリーと同じクラスの子から、
「音楽の授業に早弁(腹が減ったので弁当を昼食まで待てず喰うこと)をしていた」
という伝説等を耳にした。


音楽の授業中に早弁…!


尊敬に近い感情を持ったまま、
高校からフェードアウトしてしまった私は、 なんとなくその年のお正月、彼に年賀状を出してみる事にした。


もちろん携帯電話など無いポケベル世代真っ只中。

連絡を取る手段なんて実家の電話しかない、そんな化石のような時代のおはなし。


それが1998のこと。


そして。
返事が、来た。


以来、実に17年もの間、年賀状のみのやり取りをしている。
私もナタリーもお互い、絶対に年賀状を書き続けている。


ちなみに家は非常に近い。
電車でほんの20分程度かと思われる。


しかし、ポケベル世代だった私たちは、当たり前だけれど メールアドレスも電話番号も知らないし、連絡も一切取ることなく、会ってもいない。
あの教室の、隣の席で話したっきり時間は止まり、17年が経っている。


それでも絶大な信頼感はお互いに感じていて、 それが心地よくて、毎年元旦の朝を迎えている。


以下、抜粋した記録をお届けしたいと思う。
ナタリーからの年賀状達。
(通称:「年賀状マラソン」)

f0308281_12444169.jpg





1998(16歳)
「まさかつじさんから年賀状が来るなんて驚いた!
数学の授業中に話す事が出来なくて残念だけど、まぁ頑張るさ。
いつか又お洒落なハガキをください。あなたはおもしろい。」

1999(17歳)
「返事が来ないと思いつつ年賀状を書きました。
ぼくは今郵便局でバイト中です。いまでも貰ったハサミを使っていると
君のことを考える時があります」

2000(18歳)
「グレたりしないで人生を楽しんでいますか?俺は、大学に行っても勉強もしないでバイトばかりしそうな気がするので、専門に行こうかなぁと考えています。最近筋トレにハマっています」

2001(19歳)
※わたしの引っ越しの混乱により、年賀状紛失

2002(20歳)
「はるばる上野の予備校に通ったものの受験に失敗して、スベリ止めの
卵の白身のカロリーくらいしかない大学に通っています。
同じ大学の加藤あいには会えないし、つまらないです」

2003(21歳)
「俺は結局、大学を辞めてフリーターになってしまいました。
今は主婦と仲良くスーパーで働いています。趣味で料理をはじめました。
得意料理は親子丼とホットケーキです」

2004(22歳)
「俺は相変わらずフリーターのままです。働いていたスーパーが潰れたので肉屋の総菜コーナーで働いています。映画鑑賞が趣味です。
(猟奇的な彼女)には負けました。マジで面白いのでオススメです。」

2005(23歳)
「肉屋の総菜を辞めてニートを経て、化粧品のピッキングをしています。去年はよく競馬に行きました。休日は中山競馬場でオヤジ達と絶叫する日々。
映画は、スウィングガールズが良かった!」

2006(24歳)
「引っ越した。一人暮らし。貧しいけれど、自由気侭なフリーター人生。
基本週5日のバイトと、土日にたまに派遣で働いてる。
でも競馬に行ってるから貧乏な生活。クリスマスも競馬の為にアスファルトの上で場所取りしてたよ」

2007(25歳)
「なんやかんやで、つじさんとの年賀状マラソンも10年目。
お互いに年を取っちゃったね。あの日数学の授業で隣同士にならなかったら、
この手紙は有り得なかったと考えると、不思議というか、スゴイと思います」

2008(26歳)
「お元気ですか?年賀状男のナタリーです。
人生順調ですか?俺は人生初のインフルエンザになりました。
昔は、映画を作るのが夢だったけど、映画館の建設というかけ離れた仕事をしたり、競馬をしたり映画を観たりしました。
つまりは無意味な日々」

2009(27歳)
「年賀状男のナタリーです。いつかは返事の無い年がくるんだろうなぁと思い寂しく思う年末です。俺はワーキングプアの極みに達しました。
去年は人生で最も働き、最も金を使いました。週7日間働いたり、
トリプルワークにチャレンジしたり。
俺は必死に大人になる事から逃げているのかも知れません。」

2010(28歳)
「家はあるのに家には帰らず、公園のベンチで月を見ながら、
堕ちたもんだと呟く。お互い年を取ったね。今年はマンガにはまりました。
お薦めはボーイズ・オン・ザ・ラン、なにわ友あれ。
20代最後の年をマクっていきたいなぁ。 」

2011(29歳)
「酒に溺れたり、ギャンブルにハマったりろくでもない20代を過ごしましたが、
4月には30歳になります。世間じゃあダメ人間と言われる俺だけど、
なんとかなるだろう、の風まかせ精神で生きてきました。
高1を最後に一度も会わず14年目の年賀状。これって凄いよね。
つじさんの味のある年賀状が好きだなぁ。エセOL生活頑張って下さい!
俺はエセ職人。上下寅一の服で居たりする。では。」

2012(30歳)
「ずっと先だと思っていた30代、30才って大人のイメージだったなぁ。
でも現実は30才になったからと言って何かが変わるわけでもなく、一日が終わり、明日へ続く日々。
月曜日の朝にランドセルの小学生が『ジャンプ』を立ち読みしている姿を見て昔の自分を思い出しながら、その隣で『ヤンマガ』を読む。
感性は変わっても生き方は変わってない、そんな僕です。」

2013(31歳)
「2人で平成の神話を目指そう。ということでナタリーです。
プー→フリーター→ニート→ハローワーカー→就職と、ドラマチックでない
ロンバケを9ヶ月程過ごしました。
ぎっちりと味のある字で読んで楽しいつじさんの年賀状を見た時に、
ananの林真理子のエッセイよりスゴイのになぁ、と思うナタリーです。
エセOLをしているなんてもったいない。まぁ人生いろいろあると思いますが、
40代になっても続けたいね、年賀状マラソン。
仕事はもちろんリーマンではなく、鉄関係の職人を目指して働いているナタリーでした。」

2014(32歳)
「今年は書くのがスロースタートでした。でももちろん書くよ、絶対に。年賀状マラソンの決意を決めた、去年の年賀状。じぇ!じぇ!な内容に、体大丈夫?笑ったり心配させたりするつじさんの年賀状は自分にとって、最高のエッセイだよ。
[あまちゃん]にハマり、漫画[新宿スワン]の終了にショックを受け、[競馬]から完全に足を洗い、ロトに夢を見る。そう、大人になれないナタリーです。
だけど、年賀状は続けていくよ、まだまだずーっと」





と、言う訳で。


f0308281_12444260.jpg

f0308281_12444367.jpg




元旦である本日の朝、やっぱり年賀状は来ているのです。


2015(33歳)NEW‼︎
「映画館で流れていたタバコCMをカッコイイと思っていた少年は、キャラではなく【不器用な人生】を生きることに…
最近、金運上昇を期待して金魚を飼い始めました。ペットショップではなく、養魚場まで行く気合の入りようです。
が、ロト6も馬券にも効果はいまのところ…
パクパクと口を動かしながら泳ぐ姿は酒の肴としては楽しめるけどね。
【同じ月を見ている】ってマンガが、不器用な男の生き様として泣ける、おすすめです」


今朝届いたハガキには、デカデカと高倉健の写真が張り付けてあった。

ナタリーらしいなあ、ってニヤニヤしてしまう。

そして、【同じ月を見ている】は読んだことがあるんだ。
だって土田世紀はとても好きな漫画家なんだもの。
やっぱ嗜好が似てんな、って感じたのでした。





思い起こせば遡ること2年前、2012は激動すぎた。
それを一枚の葉書にびっしりとミミズの様な字で書き連ねた2013の年賀状。


「驚かないで読んで欲しい。わたしは2月に癌になったんだ。」


いつになくシリアスな書き出しで始まった葉書は

「でも驚くほどに元気でふつうに仕事をしているし遊んでいるし踊っている」

「一年のうち、200日は酒を呑んで笑っているよ」
と続き、

そして
「人間は簡単に死ぬもんじゃないと分かりました。50歳まで年賀状マラソンを走ろう!」
といった内容で締めた。


そして2015、今回の私の年賀状、こんな書き出しにしました。

「相変わらず同じ会社で働いているし、ビール呑んで笑ったり泣いたりしているけど何故かしぶとく生きています、人生はバックストレッチの序盤に差し掛かったばかり、明けましておめでとう!」



そして、どうしても伝えたかった感謝の言葉

「ナタリーが私の文章を面白いと言ってくれたのが嬉しくて、ブログをはじめたんだよ!是非読んでみてね」



そう、このブログをはじめたのはナタリーの言葉がキッカケだったのです。


毎年同じ事を思うけど、16歳から今まで、年に一回の年賀状だけって凄すぎる。
道で会っても絶対にお互い分からないだろうな。


本当は、
50歳まで年賀状マラソンを走り、いつかの日かそのやり取りの葉書をズラーっと展示できたら超カッコいいしクールじゃん、と思っていたんだけど、ここにきて私はいつ死ぬか分からないから悩んだ末に禁じ手だった言葉を今回の年賀状に書いた。




「2015、会えたら嬉しいです。呑もう、奢るぜ!」




色んな人との出会いや別れがあるとしても、ナタリーとは元旦の朝にキチンと再会出来るという絶対の信頼、安心感があるから生きてるのってダルいけど、結構悪くないかもと思えるのかもね。


好きなバンドが「生きてればいいことある」って唄ってて、一瞬安っぽいし軽いなって思ったけど、あながち間違ってないかも、ってちょうど思い直していたところだ。




…あ




っていうか…




そういや…




あたし、年賀状に自分の電話番号とか書くの一切忘れたよ…




…どうやってナタリーと呑むの、私…なんも知らねえよ…





おーい、ナタリー!





これ、読んでくれてるかなあ!




来年の年賀状に電話番号書くからねー
それまで死なないようにする!





と、いうことで。




2015




ブログを読んでくださっている
愛すべき皆様

今年もどうぞ仲良くしてね!







◼︎お知らせ
PC用の閲覧画面にtwitterを表示させています。
お気軽にフォロー願います、つじの下らない日常しか垂れ流しておりませんので、有益な情報は皆無です。
携帯からはこちらでござんす!

◼︎ただの宣伝
LINEスタンプ販売してます!100円です、宜しければ!
こちらから購入できます


↓ランキングに参加しています。
この記事を書き切ったことで新年早々燃え尽きていますが、今年はぼちぼち良いペースでブログを更新していきたいと思っております。
今年の目標は貯金と節酒です。
にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村

# by majissukaaa | 2015-01-01 12:36 | Comments(64)
2014年 11月 08日

バロメーター

私は二種類の抗癌剤を投与していたのですが、それぞれの薬は投与間隔も違いますし、副作用の強さや内容も様々でした。


はじめは完全にビビっていたので、完全防備(マスクの二枚重ねや、頻繁なイソジンうがいなど)で生活していたけれど、すぐに飽きてしまい気を抜いたらすぐに高熱でぶっ倒れて緊急入院(※この記事を参照ください)したりと、本当に散々な目にあったのですが、身体を張ったおかげで徐々に自分の体調を把握することが出来るようになりました。


それぞれの薬について、
投与回数を重ねるごとに自分の身体を襲う変化が、ある程度規則性を持ったものだと気付いたのです。

f0308281_1202853.jpg


いい歳こいて未だに排卵日や安全日の概念すら薄ぼんやりとしか分かっていない、どうしようもない私ですが抗癌剤をブッ決めた後の体調の変化については、どうぞお任せください何でも聞いてください状態でした。(なんだよその状態)
※体調の変化を予見できるというだけで、体調自体は基本的に悪いです、癌だし


しかしながら、おかげで計画的に会社に出勤することが出来たし、その期間だけは上司や同僚も安心して私に無茶な仕事を振ることが出来ました。


病院で渡してくれる冊子やネット上でもたくさん掲載されている内容ではありますが、抗癌剤投与後の体調の変化について描きたいと思います、今日は。(倒置法を用いてみました)

あくまで、つじ調べの内容ですし、個人差があるものですので話半分読み流して頂ければ幸甚です。


私がはじめに投与した抗癌剤は、通称「赤い薬」
2012年3月中旬から5月下旬まで、3週間に1度の投与でした。

f0308281_1202975.jpg



この薬は、とにかく強くて怖い薬でした。
副作用のキツさも半端じゃない。

髪の毛が抜けたのもこいつのせいですし、口内炎に苦しんだのも、関節痛が治らなかったのも、下痢に悩まされたのも、彼氏に振られたのも全部全部こいつのせいです。


そんな憎むべき赤い薬を投与した後の体調の変化はこちらです。

f0308281_120293.jpg



つじバロメーターの見方をご説明いたします。

f0308281_1203099.jpg



点滴マークは投与日です。
ブルーに色をつけた日は、会社に出勤できる日です。
あとのバロメーターの見方は絵を見てください(突然の投げやり感)


とにかく手強い相手だったので、最大限に身体を労って会社には月に10日程度の出勤でした。


続いて、2012年5月下旬から10月下旬まで、毎週投与していたパクリタキセルという薬です。

f0308281_1203141.jpg



この薬は比較的副作用が軽いため、体調も安定していました。
ただ、手の痺れという後遺症には今も悩まされています。

そんなパクリタキセルを投与した後の体調の変化はこちらです。

f0308281_1203169.jpg



この時は週に3回出勤を心掛けていました。
若干無理をしていた気もするのですが、働かないとお金がなくなって病気ではなく貧乏で死んでしまうので仕方ありません。

また、「副作用が辛いので」という理由で嘘をついて、本当は二日酔いで会社を休んだことが二度ほどあります。
この場を借りて心からお詫び申し上げます。



それでは、バロメーターの状態について解説いたします。


投与直後のドン底期間。
この期間は全く使い物になりません。
微熱や倦怠感、関節痛などで動けません。

食欲も減退して気持ち悪い。一番辛い時期です。
意味不明な発言もしばしば有ります。

f0308281_1312710.jpg


そして、体調不良期間。
この期間は、タチの悪い二日酔いのような感じで、何となく気持ち悪さが残る。
会社には行きますが、態度も悪く仕事能率も精度も極めて悪い。

f0308281_131284.jpg



そして、絶好調期間。
パクリタキセルの場合は、投与した抗癌剤が身体からほぼ抜けている状態です。
遊ぶならこの期間。月曜と火曜が来るのがとにかく楽しみでした。

f0308281_1312914.jpg



赤い薬の場合は薬は抜けていないけれど調子いい期間が初っ端に訪れて、白血球の低下する時期を越えて徐々に回復するという悩ましいスケジューリングです。


特にパクリタキセルの時なんかは、この絶好調期間に毎週ボリショイちゃんをムリヤリ捕まえてお酒を呑んでいた気がするし、サイゼリヤ裏の立ち飲み屋で靴脱いで裸足でダッシュしてゴミ収集車に轢かれそうになったりしていました(話が散らかり過ぎてて自分でも何がなんだかよく分かりません)



以上のように、抗癌剤投与中においても自分の体調と相談して好きなことが出来るんだ、という事を伝えたかったのです。


もちろん無理をして体調が悪化するのは絶対良くないことですが、
我慢するのも良くないし、この世の終わりだと天を仰ぎ絶望に浸ることなんて無い。


だって私たち、生きているんだから。









◼︎お知らせ
PC用の閲覧画面にtwitterを表示させてみました!
お気軽にフォロー願います、つじの下らない日常しか垂れ流しておりませんので、有益な情報は皆無です。
携帯電話からはこちらでござんす!


◼︎ただの宣伝
LINEスタンプ販売してます!100円です、宜しければ!
こちらから購入できます
f0308281_1203461.jpg




↓ランキングに参加しています。
何か気の利いたトンチでも書こうとしたんですけど、一切何も思いつかなくて気色悪い文章になりました。
ポンコツ飲み会、佐藤とチンピラが変に張り切っているらしいです。因みに二人に面識はありません。
にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村

# by majissukaaa | 2014-11-08 00:59 | Comments(68)
2014年 10月 21日

【宣伝】LINEスタンプ販売開始しましたは

皆様こんばんは、つじです。



本来のテーマとは、およそかけ離れた話をさせて下さい。



単純に宣伝です。



つ、遂にLINEスタンプの審査が通って、販売開始致しましたー!



二ヶ月掛かりまして、ようやくです。



そして、初歩的なミスによりスタンプを一つ間違えて登録してしまった為、そのうちアップデートで更新しますが、


まずは!

率直な気持ち伝えます!

買ってくだせい!


こちらから購入できます!


またはLINEクリエイターズマーケットにて「平凡な女子高生」で検索をお願いします!


何卒、宜しくお願い申し上げます。
f0308281_0403721.jpg


f0308281_040296.jpg

f0308281_0403144.jpg

f0308281_0403247.jpg

f0308281_040352.jpg






↓ランキングに参加しています。
ちゃんと記事も更新します、でも今は少しだけハシャギたいんです。
にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村

# by majissukaaa | 2014-10-21 00:32 | Comments(26)
2014年 10月 18日

水曜日の風景

f0308281_20365440.jpg



化学療法室


抗癌剤の点滴を受ける部屋のことである。

投与が始まったら、一定のスケジュールで同じ曜日に通うことになる。

私の場合は会社での仕事量を考慮して、いつも「水曜日」の午前中に点滴を打ちに行っていた。

3週間に一度の赤い薬、毎週行う透明の薬、現在四ヶ月ごとの定期検診、全て「水曜日」に通院である。



そうなってくると、当然ある現象が起こる。

f0308281_20365459.jpg



同じくいつも水曜日に投与するスケジュールの患者さんの顔を徐々に覚えてくるのである。


病院の待合室でも、気付けばいつも目にする顔ぶればかり。


「水曜日チーム」と勝手に心の中で名付けて一方的に親近感を持っていた。


そんな中で、特に印象深かった患者さんが居る。

f0308281_20365596.jpg

f0308281_2036558.jpg



Sさんである。


年の頃、私の父親と同じか少し上くらい。60代半ばの男性。


いつも奥様が付き添って抗癌剤を投与しに来ていたのだけれど、とにかくいつも痴話喧嘩が絶えない。

f0308281_20365627.jpg



私が通院している病院の化学療法室はベッドが5つ。
滅多に満席になることはないため、好きなベッドを選ぶことが出来た。


電車の座席でも、空いているのにわざわざ人の隣を選んで座るような事はしないけれど、このSさんと奥様のやり取りを聞きたくて、私は敢えて隣のベッドを選んで抗癌剤を打つことが多かった。

f0308281_203658100.jpg



尚、Sさんは、大腸癌でエルプラットという抗癌剤を投与していたのだが(盗み聞きした)私がパクリタキセルという薬を毎週投与していた時、毎週会うことはなく、隔週程度の頻度で水曜日に遭遇していた。

f0308281_20365762.jpg



当時、化学療法室では椅子が用意されており、家族の方が付き添うこともできた。


Sさんの奥様はいつもベッド前に椅子を置き、投与中に付き添いをしていた。



夫妻の痴話喧嘩は大変賑やか且つ、Sさんの怒りのピントはいつもどこかズレており、奥様の穏やかな空気も手伝って、堪らなく私のツボにハマった。

f0308281_20365923.jpg

f0308281_20365963.jpg

f0308281_2037050.jpg

f0308281_2037197.jpg

f0308281_2037116.jpg

f0308281_2037295.jpg

f0308281_2037314.jpg

f0308281_2037361.jpg

f0308281_2037427.jpg

f0308281_2037425.jpg

f0308281_2037570.jpg

f0308281_20371046.jpg

f0308281_2037677.jpg

f0308281_2037646.jpg

f0308281_2037768.jpg

f0308281_2037746.jpg

f0308281_2037859.jpg




何故かいつも、Sさんの爆発的な放屁により痴話喧嘩は収束を迎えることが多かったのだけれど、今思えば何だったんだ、と思う。





あれから月日は流れ、今週の水曜日のこと。
私は手術後二年の検診の為に病院に居た(またしてもマンモでぶっ倒れました)

帰りに母親と手打ち蕎麦屋で遅めの昼食を取っていた時の事である。

な、なんと隣の席にSさん夫妻が居るではないか!

確証がイマイチ持てないのだけれど、あれは絶対にSさん夫妻であった。
あのSさんの帽子、奥様、間違いないと思う。

きっと、抗癌剤を終え、手術を終え、定期検診のために同じく「水曜日」に通院した帰りだったのではないかと思われる。

悩みに悩んで特に好きでもないかき揚げ天婦羅の蕎麦を頼んだ私は、隣の席で瓶ビールを呑みながらSさんが食べていた精進てんぷらの蕎麦を見て、「ああ、わたしも精進てんぷらにすれば良かった…」とボンヤリ呟いた。


尚、余談だがあれから二年経過した化学療法室の入口扉に、当時は無かった注意書きが追加されていたのを私は決して見逃さなかった。

f0308281_2037960.jpg






◼︎お知らせ
PC用の閲覧画面にtwitterを表示させてみました!
お気軽にフォロー願います、つじの下らない日常しか垂れ流しておりませんので、有益な情報は皆無です。
携帯からはこちらでござんす


◼︎ただの宣伝
暇つぶしにLINEのスタンプを描きました。モチーフは「女子高生」です。
手描きで殆どモノクロですし、顔はつじそのままだし、一見するとヤル気がないように見えるかも知れませんが、その通りです。
現在、審査中で1ヶ月経過。待ちくたびれました…
f0308281_20371270.jpg





↓ランキングに参加しています。
来年、皆様で飲む会を催したいです。司会は佐藤、ゲストはあんこさん夫妻と阿佐ヶ谷クルー、ボリショイちゃんは照れ屋だから来ないな。今の私の一番の夢です。
にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村

# by majissukaaa | 2014-10-18 20:20 | Comments(79)
2014年 09月 19日

ちょっとお休みします

皆様こんばんは、つじです。



今年に入り、煮えたぎる想いをぶつける為にブログを開設し、
ろくでもない内容を綴ってきました。


当初の更新ペースの目標は、週に一度。


金は無く暇はあるため、順調に更新をすることが出来ていましたが、やはりなかなか難しいもので、最近は何だかうまいこと描けなくなってきました。


そしてここにきて、
タブレット用のタッチペンの先っちょのフワフワがぶっ壊れたので交換したら、やたら感度がよすぎて絵が描けなかったり、
ちょっと頭がクルクルパーになったり、
80万円貸してくれと言われたり、
親が大きな病をしたり、
仕事が忙しすぎて毎日残業でキツかったり、
恋人が死んだり、
ファミマでアイスコーヒー用の氷と間違えて普通の氷を買ってコーヒーマシンに入れて店員に怒られたりと、
なんだか色々あったのです。



なので、
ブログの更新、ちょっとだけお休みします。

f0308281_2337638.jpg






上に書いた事のうち、本当のことは2つ位しかありません、ごめんなさい。


エピソードはまだまだ山程あるのです。
ブログの中でのつじは、まだ抗癌剤をたった2回投与しただけ。
手術も放射線治療もしていません。
ましてや錦糸町駅のホームで失神して脱糞してもいません。






本当は、
少し忙しくて更新が出来ず、10月には普通にまた戻ってくる予定なのですが、なんだか寂しかったので構って欲しくて大袈裟にこのような記事を書きたくなっただけなのでした。


記事のネタくれると有難いっす!
以前に、下さったコメントをヒントに、ウィッグの手入れやメイクの記事を描けたことは、本当に嬉しかったし、ブログをはじめて良かったなぁと心から思いました。


今後も、
読んで下さっている何処かの誰かに何かを届けられるように、
無理せず自分のペースで更新をしていきたいと考えています。





…遺書かよ!





では、また来月お会いしましょう。
愛してます。







ていうか、本当にタッチペン描きにくいし、あのファミマにはもう行けない。





◼︎お知らせ
PC用の閲覧画面にtwitterを表示させてみました!
お気軽にフォロー願います、つじの下らない日常しか垂れ流しておりませんので、有益な情報は皆無です。

◼︎ただの宣伝
暇つぶしにLINEのスタンプを描きました。モチーフは「女子高生」です。
手描きで殆どモノクロですし、顔はつじそのままだし、一見するとヤル気がないように見えるかも知れませんが、その通りです。
現在、審査中。年内に発売出来たらいいなぁと考えています。

f0308281_2337479.jpg




↓ランキングに参加しています。
自分で読み返してみたら、なんというか完全にお花畑な感じの文章ですが、そんな自分も嫌いじゃありません。
にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村

# by majissukaaa | 2014-09-19 23:31 | Comments(103)