つじのポンコツ日記

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2015年 01月 01日

年賀状マラソン2015

元旦


今日は、このブログの本来のテーマからは外れた内容となってしまいます、どうかお許し下さい。


わたしが、このブログをはじめるキッカケとなった出来事の話です。


私はもう何年も、毎年一枚だけ年賀状を書いています。


1998年から始まったそれは、あっという間に今年で18枚目。

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16歳の頃からの欠かさない習慣として、たった一枚の年賀状を書き続けています。


教育熱心な両親の元、私は私立中学にお受験で入学した。
持ち上がりのまま付属の高校に進学したものの、ある時から急にクラスメイトに馴染めず孤立し、 実にあっさりと(ほぼ半年で)高校を辞めてしまった。
※ご存知の通りグレることなく、根暗で割と行儀のいい人間に育ちました


そんな短い高校生活のなか、授業と言えば、英語と数学だけはクラス関係無い学力別という残酷なシステムを採用していました。


数学の授業に関して見事に最低レベルクラス所属の私は
授業中に500ml紙パックの苺ミルクオーレを飲みながらうたた寝をして教師に呼び出しを喰らう有様。
プールの授業後でひどく疲れていたと云う言い訳は一切聞いてもらえずよく怒られていた。


そんな数学の授業で、
うちの高校には珍しく、中学からの持ち上がりではなくて
通常の受験で入学してきた変わり者の男子生徒が居た。


仮の名を「ナタリー」とする。


当時彼は、映画の「レオン」が大好きで、 ナタリーポートマンを崇拝していた。
授業中は主にナタリーの写真の切り抜きをノートに貼る作業。
もしくは、自作の漫画やイラスト等を描いていた様に記憶している。


たまに彼と席が隣になると、馬鹿なことを話しては笑い教師に睨まれ、
しかし次の週にはまたイラストを見せ合い笑い、怒られるという阿呆な日々。

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ナタリーとはクラスが違ったので、数学の授業でのみ交流があった。
風の噂でナタリーと同じクラスの子から、
「音楽の授業に早弁(腹が減ったので弁当を昼食まで待てず喰うこと)をしていた」
という伝説等を耳にした。


音楽の授業中に早弁…!


尊敬に近い感情を持ったまま、
高校からフェードアウトしてしまった私は、 なんとなくその年のお正月、彼に年賀状を出してみる事にした。


もちろん携帯電話など無いポケベル世代真っ只中。

連絡を取る手段なんて実家の電話しかない、そんな化石のような時代のおはなし。


それが1998のこと。


そして。
返事が、来た。


以来、実に17年もの間、年賀状のみのやり取りをしている。
私もナタリーもお互い、絶対に年賀状を書き続けている。


ちなみに家は非常に近い。
電車でほんの20分程度かと思われる。


しかし、ポケベル世代だった私たちは、当たり前だけれど メールアドレスも電話番号も知らないし、連絡も一切取ることなく、会ってもいない。
あの教室の、隣の席で話したっきり時間は止まり、17年が経っている。


それでも絶大な信頼感はお互いに感じていて、 それが心地よくて、毎年元旦の朝を迎えている。


以下、抜粋した記録をお届けしたいと思う。
ナタリーからの年賀状達。
(通称:「年賀状マラソン」)

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1998(16歳)
「まさかつじさんから年賀状が来るなんて驚いた!
数学の授業中に話す事が出来なくて残念だけど、まぁ頑張るさ。
いつか又お洒落なハガキをください。あなたはおもしろい。」

1999(17歳)
「返事が来ないと思いつつ年賀状を書きました。
ぼくは今郵便局でバイト中です。いまでも貰ったハサミを使っていると
君のことを考える時があります」

2000(18歳)
「グレたりしないで人生を楽しんでいますか?俺は、大学に行っても勉強もしないでバイトばかりしそうな気がするので、専門に行こうかなぁと考えています。最近筋トレにハマっています」

2001(19歳)
※わたしの引っ越しの混乱により、年賀状紛失

2002(20歳)
「はるばる上野の予備校に通ったものの受験に失敗して、スベリ止めの
卵の白身のカロリーくらいしかない大学に通っています。
同じ大学の加藤あいには会えないし、つまらないです」

2003(21歳)
「俺は結局、大学を辞めてフリーターになってしまいました。
今は主婦と仲良くスーパーで働いています。趣味で料理をはじめました。
得意料理は親子丼とホットケーキです」

2004(22歳)
「俺は相変わらずフリーターのままです。働いていたスーパーが潰れたので肉屋の総菜コーナーで働いています。映画鑑賞が趣味です。
(猟奇的な彼女)には負けました。マジで面白いのでオススメです。」

2005(23歳)
「肉屋の総菜を辞めてニートを経て、化粧品のピッキングをしています。去年はよく競馬に行きました。休日は中山競馬場でオヤジ達と絶叫する日々。
映画は、スウィングガールズが良かった!」

2006(24歳)
「引っ越した。一人暮らし。貧しいけれど、自由気侭なフリーター人生。
基本週5日のバイトと、土日にたまに派遣で働いてる。
でも競馬に行ってるから貧乏な生活。クリスマスも競馬の為にアスファルトの上で場所取りしてたよ」

2007(25歳)
「なんやかんやで、つじさんとの年賀状マラソンも10年目。
お互いに年を取っちゃったね。あの日数学の授業で隣同士にならなかったら、
この手紙は有り得なかったと考えると、不思議というか、スゴイと思います」

2008(26歳)
「お元気ですか?年賀状男のナタリーです。
人生順調ですか?俺は人生初のインフルエンザになりました。
昔は、映画を作るのが夢だったけど、映画館の建設というかけ離れた仕事をしたり、競馬をしたり映画を観たりしました。
つまりは無意味な日々」

2009(27歳)
「年賀状男のナタリーです。いつかは返事の無い年がくるんだろうなぁと思い寂しく思う年末です。俺はワーキングプアの極みに達しました。
去年は人生で最も働き、最も金を使いました。週7日間働いたり、
トリプルワークにチャレンジしたり。
俺は必死に大人になる事から逃げているのかも知れません。」

2010(28歳)
「家はあるのに家には帰らず、公園のベンチで月を見ながら、
堕ちたもんだと呟く。お互い年を取ったね。今年はマンガにはまりました。
お薦めはボーイズ・オン・ザ・ラン、なにわ友あれ。
20代最後の年をマクっていきたいなぁ。 」

2011(29歳)
「酒に溺れたり、ギャンブルにハマったりろくでもない20代を過ごしましたが、
4月には30歳になります。世間じゃあダメ人間と言われる俺だけど、
なんとかなるだろう、の風まかせ精神で生きてきました。
高1を最後に一度も会わず14年目の年賀状。これって凄いよね。
つじさんの味のある年賀状が好きだなぁ。エセOL生活頑張って下さい!
俺はエセ職人。上下寅一の服で居たりする。では。」

2012(30歳)
「ずっと先だと思っていた30代、30才って大人のイメージだったなぁ。
でも現実は30才になったからと言って何かが変わるわけでもなく、一日が終わり、明日へ続く日々。
月曜日の朝にランドセルの小学生が『ジャンプ』を立ち読みしている姿を見て昔の自分を思い出しながら、その隣で『ヤンマガ』を読む。
感性は変わっても生き方は変わってない、そんな僕です。」

2013(31歳)
「2人で平成の神話を目指そう。ということでナタリーです。
プー→フリーター→ニート→ハローワーカー→就職と、ドラマチックでない
ロンバケを9ヶ月程過ごしました。
ぎっちりと味のある字で読んで楽しいつじさんの年賀状を見た時に、
ananの林真理子のエッセイよりスゴイのになぁ、と思うナタリーです。
エセOLをしているなんてもったいない。まぁ人生いろいろあると思いますが、
40代になっても続けたいね、年賀状マラソン。
仕事はもちろんリーマンではなく、鉄関係の職人を目指して働いているナタリーでした。」

2014(32歳)
「今年は書くのがスロースタートでした。でももちろん書くよ、絶対に。年賀状マラソンの決意を決めた、去年の年賀状。じぇ!じぇ!な内容に、体大丈夫?笑ったり心配させたりするつじさんの年賀状は自分にとって、最高のエッセイだよ。
[あまちゃん]にハマり、漫画[新宿スワン]の終了にショックを受け、[競馬]から完全に足を洗い、ロトに夢を見る。そう、大人になれないナタリーです。
だけど、年賀状は続けていくよ、まだまだずーっと」





と、言う訳で。


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元旦である本日の朝、やっぱり年賀状は来ているのです。


2015(33歳)NEW‼︎
「映画館で流れていたタバコCMをカッコイイと思っていた少年は、キャラではなく【不器用な人生】を生きることに…
最近、金運上昇を期待して金魚を飼い始めました。ペットショップではなく、養魚場まで行く気合の入りようです。
が、ロト6も馬券にも効果はいまのところ…
パクパクと口を動かしながら泳ぐ姿は酒の肴としては楽しめるけどね。
【同じ月を見ている】ってマンガが、不器用な男の生き様として泣ける、おすすめです」


今朝届いたハガキには、デカデカと高倉健の写真が張り付けてあった。

ナタリーらしいなあ、ってニヤニヤしてしまう。

そして、【同じ月を見ている】は読んだことがあるんだ。
だって土田世紀はとても好きな漫画家なんだもの。
やっぱ嗜好が似てんな、って感じたのでした。





思い起こせば遡ること2年前、2012は激動すぎた。
それを一枚の葉書にびっしりとミミズの様な字で書き連ねた2013の年賀状。


「驚かないで読んで欲しい。わたしは2月に癌になったんだ。」


いつになくシリアスな書き出しで始まった葉書は

「でも驚くほどに元気でふつうに仕事をしているし遊んでいるし踊っている」

「一年のうち、200日は酒を呑んで笑っているよ」
と続き、

そして
「人間は簡単に死ぬもんじゃないと分かりました。50歳まで年賀状マラソンを走ろう!」
といった内容で締めた。


そして2015、今回の私の年賀状、こんな書き出しにしました。

「相変わらず同じ会社で働いているし、ビール呑んで笑ったり泣いたりしているけど何故かしぶとく生きています、人生はバックストレッチの序盤に差し掛かったばかり、明けましておめでとう!」



そして、どうしても伝えたかった感謝の言葉

「ナタリーが私の文章を面白いと言ってくれたのが嬉しくて、ブログをはじめたんだよ!是非読んでみてね」



そう、このブログをはじめたのはナタリーの言葉がキッカケだったのです。


毎年同じ事を思うけど、16歳から今まで、年に一回の年賀状だけって凄すぎる。
道で会っても絶対にお互い分からないだろうな。


本当は、
50歳まで年賀状マラソンを走り、いつかの日かそのやり取りの葉書をズラーっと展示できたら超カッコいいしクールじゃん、と思っていたんだけど、ここにきて私はいつ死ぬか分からないから悩んだ末に禁じ手だった言葉を今回の年賀状に書いた。




「2015、会えたら嬉しいです。呑もう、奢るぜ!」




色んな人との出会いや別れがあるとしても、ナタリーとは元旦の朝にキチンと再会出来るという絶対の信頼、安心感があるから生きてるのってダルいけど、結構悪くないかもと思えるのかもね。


好きなバンドが「生きてればいいことある」って唄ってて、一瞬安っぽいし軽いなって思ったけど、あながち間違ってないかも、ってちょうど思い直していたところだ。




…あ




っていうか…




そういや…




あたし、年賀状に自分の電話番号とか書くの一切忘れたよ…




…どうやってナタリーと呑むの、私…なんも知らねえよ…





おーい、ナタリー!





これ、読んでくれてるかなあ!




来年の年賀状に電話番号書くからねー
それまで死なないようにする!





と、いうことで。




2015




ブログを読んでくださっている
愛すべき皆様

今年もどうぞ仲良くしてね!







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by majissukaaa | 2015-01-01 12:36 | Comments(64)